Facta non verba ~鋼殻のレギオス~

 

 長い夜

「気をつけて!」
 安全装置を解除した錬金鋼を持って走り去る背中に、ハーレイは手でメガホンを作るようにして声をかける。
 ツェルニは現在、汚染獣に襲われている。武芸科と錬金科の生徒――錬金鋼の調整をしなければいけないからだ――にされた説明によると、ツェルニの足が汚染獣の巣があった場所を踏み抜いてしまったらしい。だから敵は汚染獣といっても、まだ生まれたばかりの幼生体だということだが、戦う力を持たないハーレイからすれば、全てひとくくりで「汚染獣と言う名の恐怖」だ。
 こうやっている今も、武芸科の皆が戦っている。そして今、彼――レイフォンもそこに加わろうとしている。
 一瞬だけ振り返った影が小さく頷くのが見えたが、あっという間にその姿は屋根を越えて飛び去っていった。小さなつむじ風に巻き上げられた木の葉がくるりと回る。
 祈るような思いを込めて目を瞑った後、ハーレイは散らかしていた調整用機材の整理を始めた。乱雑に散らばったコードを回収していると、聞きなれた音が背後から近づいてきた。
「まだ片付けていなかったのか」
 キリクの声だ。車椅子でしか移動できない彼は、こういう非常事態に地上部にいるのは危険だろうと思うだが「どこにいても変わらない」と言い張り、強行に錬金鋼調整の場へと出てきたのだ。
「ちょっとね。レイフォンが遅れて来たから」
 遅れて、の言葉にキリクの眉が上がる。
 武芸者、しかも小隊員の癖に何をしていたんだと言わんばかりの表情だ。それを宥めるように肩を竦めた後、離れた場所で停まったキリクを手招きながら、片付けかけた機材のディスプレイにデータ履歴を表示させる。
「それより見てくれよ」
「なんだ」
 相変わらず不機嫌そうで素っ気無い口調だが、大人しく近づいてきたキリクは示されるままにハーレイの指先に視線を向ける。その目元が、先程とは異なる意味合いできつく歪んだ。
「こんな設定、見たことないぞ」
「僕だって初めてさ」
 ハーレイが示すのは、先程レイフォンの武器に付加した設定の数値だ。
 レイフォンの言うがままに打ち込んだ数値は、まさに緻密としか言いようがない。過去の感覚に近づけたいと言っていた。それはグレンダンで彼自身が持っていた武器に付加されていた設定値なのだろうが、最初にこれを組んだ人に会えたら、是非とも弟子入りを志願したいくらいだ。
「こんなもの、使いこなせるのか?」
「見たわけじゃないけど『昔の感覚に近づけたい』って言ってた。だから『使える』んだと思う」
「...そうか」
 暫く無言で数値を追っていたキリクは、やがて小さく息を吐き出すと顔を上げた。
「コイツで試すつもりか?」
「どうかな、と思って。強さは保障するよ?」
「やる気はなさそうだけどな」
 おや、という表情でハーレイはキリクを見る。
「対抗試合くらい見ている」
 事も無げに言い、再びディスプレイを睨みつけた。
「そうだな...まずは試してみないと始まらないが、やってみよう」
「オッケー! じゃあ早速試作品を用意しないとね。明日早速申請をだして――」
 ぐっと親指をあげてサムズアップのポーズをとったハーレイは、実際の製作スケジュールを口にしかけたところで、ふと我に返ったように口を閉ざした。
「――大丈夫だよね、みんな」
 会話に熱中している間は忘れていたが、今は汚染獣との戦いの時だ。緊急時のサイレンが、遠く近く鳴り響いている。
「ああ」
 低く、キリクが断言する。
「あんな武器を使いこなせる奴がいたら、幼生体如き、なんてことはないだろう。あとは恐らく時間的な猶予と、指示を与える念威繰者がいるかという問題だけだな」
「ああ、だから『ロス先輩』なんだ」
 レイフォンが去り際に残した台詞を思い起こし、ハーレイは頷く。
 ちゃんと彼の中に勝算はあるんだ。
 もしかして無謀な戦いに送り出しただけなのだろうかと、そう思っていた気持ちがほっと緩む。大きく息を吐き出すと、ハーレイは気持ちを切り替えて、中断していた機材の片づけを再開した。全て片してしまうわけではない。錬金鋼が壊れた武芸科生徒が来た時、手早く新しい武器を渡せるように場所を整えておかなければいけないのだ。丁寧に、だが極力急いで行われる作業を、キリクが無言で手助けする。
 そんな静かな作業は、生徒会長による汚染獣駆逐のカウントダウンが始まるまで続いたのだった。


- END -

 トワイライト・マジック

(なんでこんな事になってるんだろう)
 いっそ気を失えたらどんなに楽だろうと思いながら、メイシェンはぎゅっと目を閉じる。
 今、彼女がいるのはレイフォンの背――いわゆるおんぶという奴だ。薄目を開けると、すぐ目の前にレイフォンの頭がある。無造作に跳ねた髪の毛が、彼の歩みにつれてふわふわ揺れているのが、なんだかくすぐったい。
(触ってみたいな)
 不意に浮かんだ衝動を懸命に堪えるが、無意識に手に力が入ったらしく、肩越しにレイフォンが振り返る。
「どうかした?」
「あっ...ううん、なんでもない」
 彼我の距離の近さに頬を真っ赤に染めながら、メイシェンは目を逸らし、顔を横に振る。
「ならいいけど、足が痛くなったら言ってね」
「うん」
 再び前を向いて歩き出すレイフォンに気づかれないよう、メイシェンはこっそりと溜息をつく。
 こういう状況になった理由は、彼が口にした足の怪我である。


「危ない!」
 誰かの甲高い悲鳴に反応できたのは、自分にしては上出来だったとメイシェンは思う。
 振り返り、崩れ落ちる缶の大群が視界に入ると同時に数歩後ろへ後ずさった。つま先に当たる硬い感触。誰かの買い物カゴがぶつかったか、それとも商品補充に歩く店員の抱えるダンボール箱がひっかけたか。理由は分からないが、セール品として高々と積まれていた缶詰の山が、無残に崩壊している。お徳用サイズのスープ缶は液体だけに重い。もしもアレが直撃していたらと思うと、今更ながらに背筋が寒くなる。
「補充が面倒なのも分かるけど、あそこまで積み上げなければいいのに...」
 今日は月に二回あるセール日で、客も多い。それだけに目玉商品は数多く出さないとすぐに品切れになってしまうのだろうが、それでも限度はあるだろう。怪我人が出なくてよかったと思いながら、メイシェンはレジで清算をすませて店外に出た。
 重い袋を抱えつつ今晩のメニューを考えるメイシェンは、家へ向けて歩く内に、段々と足が痛くなってきた事に眉を寄せる。
(あれ...?)
 歩道の端へ寄り、痛みがある右足首へ視線を落すと、僅かに腫れ上がっているように見えた。
(あの時、ひねった?)
 原因など、缶の雪崩を避けたときしか考えられない。
 寮まで普通に歩けばあと十分ほどだが、そこまで歩ききれるだろうか? 今日は特売日だからと張り切って買い物した大荷物が恨めしい。とりあえず少し休もうと壁に背を凭れかけたとき、通りの反対側に見慣れた人影をみつけ、目を瞠る。
(ナッキと...レイとん...?)
 同じ小隊で訓練をしている二人が一緒に返ってくるのは別に珍しくはない。だが、同じ寮に暮らすナルキはともかく、レイフォンの寮は方角違いだ。何故ここにいるのだろうと考え込みかけて、はっと我にかえる。
 ここでナルキを見かけたのは幸運としか言いようがない。大声を上げる恥ずかしさを堪え、信号待ちをしているナルキの名前を呼ぶ。
「――...ナッキ!」
 掠れたような声になってしまったが、しっかりと彼女には届いたらしい。驚いた表情を浮かべた後、レイフォンを引きずるように引っ張りながら、メイシェンの元へとやってくる。
「メイ、どうした?」
 挨拶もそこそこにナルキは問いかける。ツェルニへ来る前、ヨルテムからの幼馴染であるナルキは、メイシェンがこうやって『通りの向こう側から呼びかける』ことは殆どありえない事を知っている。何かあったという事を前提とした問いかけに、メイシェンは苦笑する。
 手短に状況を話すと、ナルキはメイシェンの足首の様子を確かめ、小さく頷く。
「冷やしておけば大丈夫そうかな。医者にいくか?」
「ううん、いい。お夕飯の支度もしないといけないし...」
「夕飯くらい別にいいんだがな」
 膝を払って立ち上がったナルキはレイフォンに視線を向ける。
「とりあえず少し様子をみて、明日の朝も痛みがあるようだったら、朝イチで病院にいけばいいんじゃないかな」
「それでいいか」
 レイフォンの意見に頷くと、ナルキはメイシェンの持っていた買い物袋を抱えあげる。
「ところでレイとん、頼みがあるんだが」
「なに?」
「あたしはこの後、都市警に行かないといけない」
「ああ、訓練の時に言ってたね」
「今晩は警邏の当番なんで準備があるんだ。だから、悪いがレイとん、メイを寮まで送ってやってくれるだろうか。荷物だけは先に持って帰るから」
 武芸者二人の歩みは結構速い。多分普通に歩いたら、メイシェンの足の痛みは増してしまうかもしれない。
 ちらりと時計に視線を向け、時間を気にするナルキの様子に、レイフォンは笑顔で快諾する。
「分かった」
 二人の間で手早く決められる内容に、メイシェンはあわあわとするしかない。
「それじゃメイ、先にいくから。レイとん、よろしく頼む」
「え、あ...ナッキ...」
 服を掴もうと伸ばした手は、僅かに届かず空を切った。
「気をつけて。また明日」
 ナルキを見送るレイフォンの挨拶を呆然と聞き――そうやって、何がなんだか分からない内に、レイフォンに背負われて寮への道を進む事になったのである。


「...レイとん。用事があったんじゃないの?」
「特にないけど、なんで?」
 振り返った彼との距離の近さに怯みつつ、メイシェンは小声で応じる。
「レイとんの寮とは方角が違うし、何かあったのかと...」
 もし用事があるのに自分を送らせているのだとしたら本当に申し訳ないと思うのだ。
 その言葉に、レイフォンは笑って首を横に振る。
「ナッキから自宅近くのスーパーが特売だって聞いて、訓練も早く終わったし、ちょっと行ってみようかと思っただけなんだ。特に何かを買わなきゃいけないと言うわけではないから気にしないで」
「そうだったんだ」
「それよりメイは、そのスーパーで買い物をしたんだよね。何かお買い得品はあった?」
「えと、食料品がやすかったよ」
 レイフォンが――一人暮らしの男子が買うとしたらこのへんの品だろうか、と思うものを幾つか挙げる。更に問われるまま、メイシェンのお薦め食品と調理法などを話している内に、彼女の暮らす寮の門前まで着いてしまった。元々スーパーからは近いのだ。当たり前のことではあるが、ようやく二人きりという状況に慣れた時に終わってしまった時間に、そこはかとない寂しささえ覚えてしまう。
「ここまでしか送れないけれど、ごめんね」
 メイシェンが暮らすのは女子寮なので、男子は中に入れない。すまなさそうにするレイフォンへ、そんなことない――と懸命に首を左右に振る。
「ううん、送ってくれて本当にありがとう。あの...その...」
「ん?」
 真っ赤になって言いよどむ様子に、かすかに首を傾げる。
「重かった、でしょ?」
 口にしてしまった後、メイシェンの胸中には一気に後悔と羞恥が込み上げる。
「え、特には重いとは思わないけ、ど...」
 反射的に返事をしたレイフォンは、急に言葉の後半からしどろもどろの様子を見せる。
 口にした通り、特にメイシェンが重いとは思わない。
 昨今で持ったものの中で一番重いものといえば、復元後の複合錬金鋼だろうか。だが武器と人間、しかも友人を比べるのはどうかとも思う。
 では最近持った、もとい、抱えた人が誰か? 外縁部での自主訓練時に倒れたニーナ。そして廃都市探索時に肩車を強要したフェリ。
 ――そこまで連想して、ずっと考えないようにしていた事を色々思い出してしまったのである。
 メイシェンを背負って歩いていた時に感じた体温であるとか、背中に触れる柔らかな膨らみだとか。そういった新しい記憶に加えて、比較対照として想起したフェリを肩車した時のことや、病院で見たニーナの白い背中などが走馬灯のように脳裏を駆け巡る。
(ダメだ、落ち着け!)
 調息の容量で深呼吸し、余分なものを頭から追い出す。
「えーと、とにかく...」
 話題を変えようと思うものの、気のきいた台詞は見つからず、結局無難な怪我を心配する言葉を紡ぐ事になる。
「部屋帰ったら、足を冷やしてあまり動かさないようにね」
「はい」
「あと、もしもナッキが帰らない間に病院行きたくなったら、呼んでくれていいから」
 さりげなく言われた言葉に、メイシェンは真っ赤になって首を振る。
「そんな! 悪いよ」
「医者行きたくなるほど痛くなったら、歩けないでしょう? ミィじゃ支えるの辛いだろうし」
「でも...」
 泣き出しそうな顔になって困惑するメイシェンへ、レイフォンはゆっくりと笑みを向ける。
「困った時はお互い様っていうし、友だちだから助け合うのは当然だよ」
「だけど、レイとんには助けられてばかりで、わたし何も返せてないと思う...」
「メイには沢山助けられたよ」
「え? お昼ご飯...とか?」
 思いつくものはそれしかない。
 料理は自分自身の得意分野だし、栄養のバランスなども考えて作っているから、レイフォンの健康に多少は寄与出来ているとは思う。だが『沢山』といわれるほどすごいことだろうか。そうは思えない。
「違うよ。確かにメイの料理はとても美味しいけれど、それだけじゃないってば」
 さりげない褒め言葉に頬を染めるメイシェンに気づかぬまま、「覚えているかな」とレイフォンは笑う。
「以前、隊長が倒れた時に言ってくれたよね。みんなで協力して強くなればいいって」
 細かいニュアンスは違ったかもしれないけれど、確かにそんな事を言った覚えはある。小さく首肯したメイシェンは、レイフォンの言葉の続きを待つ。
「あの言葉がなかったら、気がつけなかったことが一杯あったと思うんだ。だから本当に感謝してる。あと――」
 一旦言葉を切り、言おうか言うまいか迷う表情を見せた後、照れたような口調で続ける。
「協力して互いに支えあうのは、別に小隊のみんなだけじゃないと思うんだ。ミィやメイも同じ。大事な仲間だと思ってるから」
 戸惑いがちに紡ぎ始めたに違いないレイフォンの言葉は、最後は清々しいまでの強さをもってメイシェンに届いた。それは波紋のように、静かに、しかし確実に彼女の心を揺らした。
「あ......ありがとう」
 考えるより早く、自然に唇が言葉を選んでいた。目元に笑みを浮かべたレイフォンは、再度怪我を気遣う言葉をかけてから踵を返す。
 遠ざかる背中を見えなくなるまで見送った後、メイシェンは傷の痛みを拭いさるようなぬくもりを抱きしめたまま、ゆっくりと寮の階段を登っていった。


- END -

 「JSRedir-R」が急速に拡大中

  • May172009
  • Author: mio
  • Categories: OTHER

今日はちょっとレギオスとは関係ないお話。


現在、「JSRedir-R」(通称GENOウイルス)というコンピュータウイルスが急速に拡大中だそうです。

今は主に同人サイトや、ゲーム系サイトなどで急増しているそうですが、最初に感染が確認されたのは企業サイトのようです。


・感染したWebページをひらくことで、PDF/Flashが実行され、ウイルス本体が起動します。

・感染した場合パスワードなどの個人情報が抜かれている可能性があります。

・Kasperskyかニフティオンラインスキャン(※中味はKaspersky)、avast!、ウイルスバスター2009でしか検知できないようです(5/17現在)。


Adobe ReaderやAdobe Flash Playerの脆弱性を突いた新種のウイルスらしいので、Adobe Reader/Flash Playerのバージョンを最新にし、さらにAdobe Readerの「Acrobat JavaScript を使用」をOFFにしておくと、多少の防衛になるようです。

後は当然ですが、Windows Updateを欠かさず実行する、ウイルスソフトを入れている場合はパターンファイルを最新にし、スキャンをマメに行う(入れてるだけで安心したらダメですよ~)、怪しいリンク先は閲覧しない(特に匿名掲示板や、Twitterなどで短縮URLにされているものは要注意!)など...自己防衛をしっかりやるのが大事ですね。


詳しくは、まとめサイトなども出来ているので、そちらを参照していただくと宜しいかと!


◆同人サイト向け・通称「GENOウイルス」対策まとめ
http://www31.atwiki.jp/doujin_vinfo/


 雑談:アニメED「愛のツェルニ」

かなーり「今更」感漂いますが(発売して1ヶ月経ってるし)、「愛のツェルニ」のCDを買いました。
...いや、買おうかなぁと思いつつ買い忘れているうちに近所の(普通の)CDショップでは見かけなくなり、しまったぁぁぁ! と思っていたところで、丁度池袋へ行く機会があったもので、アニメイトに突撃して買ってきました。そしたら、オマケでアーティストポスターくれました。わぁい。(貼る場所ないけどな!)


CDは普通によかったです。
私、このヴォーカルさんの声がかなり好きみたいで、普通に聞いてて楽しい♪ いまだに「ヤサシイウソ」とかぐるぐるエンドレスで聞いたりしますし。なので、feat. ヒロインズverは1回聞いて「ふーん」で終わりました(ぇ)。いや、やっぱり声の好みがね...。

あとは今回の曲も歌詞が素敵ですね。特にヒロインズではリーリンがイチオシな私としては、この歌詞をじっくり読んだだけで、CDを買った価値があったかも。ちょっと色々と創造意欲がわいてくるわぁ。


そして、新しい記事を建てるまでもないんだけど、嬉しい事があったので追記してみる!

本屋さんで本を買ったとき、レジ脇に『本を買った方、お一つどうぞ』的なカゴが置いてあって、なんとなく眺めていたら、そこにレギオスの書棚仕切りのポップを発見!!!!!
レッドノクターン発売頃の奴のようです。片面にレイフォン、反対側にニーナの絵が描いてあるものでした。
ええ、勿論しっかりと頂いてきましたとも! もう1枚くらい無いかな~とガサガサ漁って見ましたが、残念ながら1枚だけでした。でも嬉しい~♪ こういう「非売品モノ」とは縁がなかなか無いですしねー。

帰宅したら(携帯でだけど)写真とってUPしますね。

 A Million Miles

- commemoration of counter 10,000 -

blogカウンター「10000」キリ番によるリクエスト作品
お題:
・キャラクター : レイフォンとリーリン
・シチュエーション : ツェルニにリーリンがいる時間軸でレイフォンの昔の日常を聞かれて話す回想話


 マイアスとの戦いが終わって十日あまり。
 武芸大会で生じた都市各所の破損も修復が完了し、ツェルニはゆっくりと日常生活を取り戻しつつあった。
「ごめん、おまたせ!」
 路面電車の停留所で本を読みながら待っていたリーリンは、背後からかけられた声にゆっくりと振り返る。肩にかけた鞄を揺らし、真っ直ぐに走ってくる幼馴染の姿に自然と笑みが浮かぶ。
「大丈夫、そんなに待ってないよ。でも、そっちからくると思ってたのに、なんで違う方向から来るの?」
 閉じた本を鞄にしまいながら立ち上がったリーリンは、レイフォンが来たのとは異なる方向に視線を投げつつ問いかける。彼女が目を向けた方角には、小隊が訓練で使う練武館がある。
 今日は訓練後に都市内を案内してもらう約束をしていたのだ。ただしレイフォンは小隊の訓練があるため、その後の合流になる。どこに向かうかはまだ決めていなかったため、とりあえず練武館最寄の停留所で待ち合わせ――という事になったのだが、彼は何故か練武館ではなく、都市中央部の方角から現れたのだ。リーリンならずとも疑問に思うところである。
「実は急に合同練習になっちゃって、あっちのグラウンドでやっていたんだ」
「そっかぁ。練習の後に沢山移動させちゃってごめんね」
「大丈夫。普段から、訓練の後は走って帰る事も多いんだ」
 笑って首を横に振ったレイフォンは丁度到着した電車へ乗り込み、リーリンも慌てて後に続く。
 練武館近くを通る路面電車はとても空いている。近くに一般生徒が使う施設が殆どない事に加え、今日は練武館で訓練している小隊が殆どない事も影響してか乗客は彼ら二人だけだった。自動運転で運行する列車の中はとても静かで、なんとなく二人の声も、控えめなトーンになっていく。
「走って帰るのは、運動後のクールダウンみたいな感じなのかしら」
「そうだね。僕だけじゃなくて、うちの小隊の人も練習後は走って帰る人が多いよ。電車で帰るのは錬金科の人や念威繰者の人くらいじゃないかなぁ。あ、フェリ先輩は、たまに一緒に歩いて帰るときもあるけど。――あ、三駅先で乗り換えるね」
「うん、分かった」
 一緒に、のくだりでリーリンの眉がぴくりと動くが、窓の上に張られた路線図を見て降車駅の確認をしていたレイフォンは、その表情の変化には全く気づかなかった。そしてリーリン自身も特に深く追求する事はせず、心のメモに書きとめるだけに留めて、さらりと話題を変えていく。
「でもグレンダンにいた頃、そんなことしてた?」
 幼い頃からずっとレイフォンが練習する様子をみていたリーリンだが、レイフォンが「ただ走っている姿」というのはあまり想像が出来ないらしい。記憶に残る姿は、道場や孤児院の庭で黙々と錬金鋼を振り続ける彼の姿だ。訝しそうに首を傾げる彼女へ、レイフォンはおかしげに笑い返した。
「家と道場の距離じゃ、走るのどうのっていう距離じゃないでしょ」
「それもそうか。・・・あれ、そういえば王宮に行く時も、いつも歩いて行ってた?」
 問いかけるリーリンの言葉に、レイフォンは小さく頷いた。
「急いでいるときは交通機関は使えないし、普段の移動で電車代を使うのも勿体無いからね」
 武芸者が急いで移動する時、それはつまり都市に危険が迫った時だ。
 汚染獣が襲来した時や都市戦争の際は、市民の避難が優先されるため、通常の交通機関は全て停止する。そして武芸者はといえば、緊急移動経路として空中 ―― 点在するビルの上を移動していくのだ。既存の道路を無視して進めるため、武芸者にとって最速の移動方法だ。普通に道路を高速移動すると周囲の人や物に影響を与えかねないが、空中ならそういった心配も無用なため、全力で進むことが出来るのも大きい。
 ただ、そう言う移動を一般市民が見ることは、ほぼ無い。緊急時にしか行われないのだから当然だし、武芸者が本気で行う高速移動を武芸者では無い人間が目で捉えることは不可能に近い。だから知識として聞いてはいても、非常時にシェルターへ移動する立場であるリーリンには、なんとなく想像し辛いのだろう。
「だけど王宮って結構遠かったよ」
 ツェルニへと旅立つ前、初めて王宮に行ったときの事を思い出す。
 直線距離ならば近いのかもしれないが、バスや電車を乗り継いで行ったら思った以上に時間がかかったのだ。初めて行く場所だから、と、相当余裕をみて出発したから良かったものの、そうでなければ指定の時間に遅刻するという恥ずかしい目に陥っていたかもしれない。
 その事を言うと、レイフォンは苦笑混じりに答えた。
「治安上の問題とかなんとかで、王宮方面へ行く路線が限られてるから、養父さんの道場からだとかなり遠回りになるんだよね。多分、リーリンの通っている学校がある地区から行く方が、まだ近かったんじゃないのかな」
「帰る時にそう思った。レイフォンよく通ってたよねぇ。天剣授受者成り立ての頃は、毎日王宮に行ってたでしょ?」
「うーん、あれ位の距離は、特に遠いとは思わないなぁ」
 丁度いい運動だよ、と答えるレイフォンに、リーリンは眉を寄せる。
「そういうところはやっぱり武芸者だよねぇ」
「そう? 他の人たちだって、みんな徒歩で登城してたから、それが普通だと思ってた」
 各天剣授受者には、専用の――それぞれの体格に合わせた――ランドローラーが支給されていたが、これはあくまで都市外へ赴く時に使うものだ。都市内での移動にランドローラーを使ったら、女王に「怠慢だ」と指をさされるに違いない。
 女王の影武者を勤めるカナリス、そっして王族であるティグリスを除けば、他の天剣授受者は市街地住まいである。だが、殆どが公共交通機関を使うまでも無い距離に住まっていたはずだ。
 アルシェイラの代になって天剣を得たものには、都市外から来た人物も多い。そういった天剣授受者に対しては、王宮に程近い一等地が住まいとして提供されていたはずだ。リンテンスは落ち着かないといって、グレンダンに流れてきた時に居を定めた外縁部に近い古アパートに居座っているようで、彼が最も王宮から遠い場所に住む天剣授受者でもある。この件は、リンテンスに心酔する市民の間では『外縁部に住むことで、真っ先に敵の襲来から護ろうとしてくれているのだ』と言う事になっているらしいが、レイフォンはただ単純に引っ越すのが面倒なだけなのではないかと思っている。
 元からグレンダン在住の天剣授受者は特に自宅から移動したものはいないようだが、初代天剣授受者を祖に仰ぐルッケンスは元々都市中央部に住んでいるし、やはり移動に時間がかかるということは聞かない。
 そんなわけで、レイフォンが思いつく限り、天剣授受者であろうとなんだろうと、やはり『通勤は徒歩』なのだ。
「みんなって、・・・まさか天剣授受者の人たちの事!?」
「そうだよ」
 他に誰がいるの、と言わんばかりの表情を浮かべるレイフォンに、リーリンは大きな溜息をつく。
「・・・あーあ、なんか夢が壊れるなぁ」
「ええっ!? なんで!」
「なんでもよ」
 レイフォンは身近な存在すぎてあまり感じないのだが、やはりグレンダン市民としてみれば、天剣授受者は女王陛下に続いて『天の上の存在』だ。女王と彼らがいるから、グレンダンは絶対に安全――それは神格化された妄想のようにも思えるが、グレンダンの住人にとってみれば只の事実でしかない。
 公式行事などで見る礼装の天剣授受者たちは、揃いの白い衣装が輝くばかりに眩しく目に映ったものだ。この人たちに護られていれば安心なのだと、無条件に思える格好よさなのである。
 その憧れが色々と現実に即していなかったことは、ツェルニへと向かう旅で一緒になったサヴァリスの言動や、一度だけ会ったリンテンスの様子で大分理解はしたつもりだったけど・・・。
 リーリンは横目でじっとレイフォンを見る。
「な、なに?」
 向けられる視線へ怯んだ様に、レイフォンは僅かに身を強張らせる。
「なによ、その顔は」
 呆れたようにレイフォンの額を指先で軽く弾くと、リーリンは座席の背もたれに勢いよく凭れ掛かった。
「レイフォンのこと、色々知っているようで知らなかったんだな――って思っただけよ」
「確かに武芸関係のことは、あまりリーリンには話さなかったかも」
 ほっとした表情で身体の力を抜いたレイフォンは、特に痛むわけではないが反射的に額をさすりつつ言葉を続ける。
「やっぱり武芸者じゃないリーリンに話しても、どこまで分かってもらえるんだろうっていうのもあったし、あとは・・・」
 僅かに視線を逸らすレイフォンの仕草に、彼が飲み込んだ言葉を悟る。
 レイフォンはあまり嘘が上手ではない。だから会話の端々から秘密が漏れてしまわないように、闇試合に手を出すようになって以降の事は『敢えて話さなかった』のだろうと思う。
 手探りでレイフォンの手をとると、ぎゅっと一瞬だけ強く握り締めた。
「ね、レイフォン。わたしは確かに武芸のことはよく分からないし、聞いてもどこまで理解できるかは分からないよ。だけど、レイフォンの話はどんな些細な事でも聞きたい。・・・グレンダンとツェルニで別れてる間に、本当にそう思ったの」
 何かを伝えたいと、そう思ったときにこそ強く感じる彼我の距離。物理的な距離よりも感じる、心の遠さ。
 想いを紙に文字で綴ることは、初めの内こそ新鮮な感触があったけれど、何枚も連ねて行く間に、相手にそれが届くまでの時間差と、思いをありのままに記せないもどかしさが胸の奥を重く満たしていた。
 真摯な瞳を向けられ、レイフォンは僅かに驚くが、すぐに柔らかな笑顔に取って代わる。
「うん。僕も沢山リーリンに聞いて欲しいことがあったよ」
 ツェルニで受け取った手紙の数々が、どれだけ今の自分を支えているか、きっと彼女は知らない。繋いだ手を握り返すと、リーリンの瞳が微かに揺らいだ。
 些細な変化だけれど、レイフォンはその表情を知っている。それは彼女が泣きたくなくて我慢をしている時のまなざしだ。そういった時に彼が常に出来ることは、黙って傍にいることだけだった。自分の存在を主張するように、再度手を握り締める。細い指先は、記憶にあるものよりも柔らかいような気がする。それはきっと、孤児院の水仕事を率先してやっていたリーリンの手の感触を覚えているからなのだろう。
 孤児院を出た後は学校の寮住まいだという。更にツェルニへの旅を経て、リーリンの手は「孤児院のお母さん役」だった頃の手とは変わってきているのだろう。その変化は、レイフォンになんとも言いがたい気持ちを抱かせる。
 変わったのは彼女だけだろうか。自分は何かあの頃から変わったのだろうか――。
 手のひらから伝わるぬくもりを分け合いながら、レイフォンは視線を窓の外に移す。降りようと思っていた駅は一つ通り過ぎてしまった。だけど、今のこの時間を壊したくないと、不思議と強くそう思うのだった。


- END -