Facta non verba ~鋼殻のレギオス~

 

 ハレ・ソラ

 各都市には町並みの特徴があるらしい。
天まで届きそうな高さの尖塔をもつ都市があったとも言うし、二十四時間灯りが絶えることの無い煌びやかな都市もあるという。
グレンダンは、そんな街と比較すると地味の一言に尽きるだろう。質実剛健といえば響きがいいのかもしれないが、汚染獣との遭遇が多いため、戦闘の被害を受けやすい外縁部は常にボロボロなことが多いし、都市の予算も潤沢なわけではないから、贅を凝らした建物といったものは殆どない。恐らく中央にある王宮くらいだろう。
ツェルニは......といえば、学園都市らしい混沌がある。
最初はきちんと秩序だった計画に基づいて都市が作られるわけだが、住人は複数の都市からやってくるのである。各都市の特徴や風習が少しずつ織り混ぜられ、それが独自の文化となっていくのだ。
勿論、学び舎ゆえの「外観の変化」もある。
例えば建築科実習により建物が増減したり、養殖科や工業科などによる開発で自然環境の変化が起きたり等、刻々と都市の様相が変わっていくのだ。
そういう事を知識としては知っていても、こうやって幼い頃から見知った相手と二人並んで歩いていると、今ここが何処なのか曖昧になる時がある。
「ねぇ、あっちは何があるの?」
 リーリンが指差す方角に目を凝らしたレイフォンは、見慣れた建物の姿に頷きを返す。
「錬金科の校舎だよ」
 週末の休みを利用してツェルニのあちこちを見て回るのは、最近のレイフォンとリーリンの習慣だ。
リーリンがツェルニに着く直前に立ち寄った学園都市では、事件があったために旅行者は宿泊施設から出る事を禁止されていたのだという。それが解除されたと思ったらツェルニとの『戦争』に突入してしまったので、都市内を殆ど見ることが出来なかったらしい。
だから折角自由に歩けるのだし、都市内を色々見て回りたい――と、リーリンが訴えたのだ。
勿論レイフォンは、請われるままに案内を引き受けたが、彼自身もそれほど都市の設備に詳しい訳でもない。そのため、ニーナやミィフィたちなど、他の友人を加えながら都市観光を楽しむことにしたのである。
当然のように、このミニツアーで活躍したのは自他共に認める情報通のミィフィだ。彼女のおかげで、レイフォン自身も今まで知らなかった場所を巡ったりして、十分に仲間との町歩きを楽しんだものだ。
 しかし今日は、レイフォンとリーリン、二人だけでの都市探検だ。
「手前は公園かな?」
 校舎らしき建物の手前に、大きく緑色の色彩が広がっている様子に、リーリンは首を傾げる。
「うん、そう。結構広かったよ。行ってみる?」
「折角だし、行こう!」
 笑顔を浮かべて頷いたリーリンが、先にたって歩き始める。半歩遅れてレイフォンがそれを追う。数歩で追いつくと、肩を並べて歩く。
「錬金科の校舎って、たまに窓から煙とか出ていたりするけど気にしない方がいいみたい」
「それ、気にしなくていいのかなぁ。事故だったらまずくない?」
 レイフォンの説明に、リーリンは怪訝そうに応じる。
「うーん、僕もそう思うんだけど、ハーレイ先輩が言っていたから」
 いいんじゃないのかなぁ、と頼りなさげに語尾が揺れる。
「ハーレイさんって、錬金鋼の調整している人よね。あのツナギをいつも着ている......」
「そうそう。錬金科の三年生。僕がツェルニで僕が使っている新しい錬金鋼は、ハーレイ先輩たちが作ってくれているんだよ」
「新しい錬金鋼?」
「うん」
 レイフォンは腰の付近に僅かに視線を落す。私服の今は、そこに剣帯は巻かれていない。
「今は持ってないから見せられないけど、汚染獣専用の錬金鋼とかね」
 汚染獣、と言う単語を聞き、リーリンの表情が曇る。
「それはレイフォンが一人で戦わなければ行けないから必要だったもの、なのかな」
「どうかな......」
 レイフォンは考えるように首を傾げた。
 確かに一人きりで戦うためには、複合錬金鋼のように頑丈な武器が必要不可欠だった。だが、複合錬金鋼があろうとなかろうと、一人で戦うことは変わらなかっただろう。
「グレンダンとは違って、ここの武芸者は初めて汚染獣を見るような人ばっかりで、それこそ老生体なんて名前すら聞いたことがないような感じで」
 ふと、かつて老生体と戦った日の事を思い出して口元に笑みが浮かぶ。
「だから僕は一人で何とかしなきゃいけないって思いつめて、馬鹿みたいに悲壮な台詞を口にして戦いに行ったりもしたけれど――」
 心配そうな表情で覗き込むリーリンに、大丈夫だよと笑いかけ、首を横に振ってみせる。
「グレンダンにいた頃は、後ろに天剣授受者が控えていて、更に最強の陛下もいて、都市の安全とかは何一つ心配する必要はなくて、ただ目の前の敵と戦うことだけ考えていればよかった」
「うん、わたしたちも、絶対天剣授受者が、女王陛下が皆を守ってくれるんだって信じているもの」
「その信頼関係を、他の武芸者に――隊の皆に持つことが出来なかった。僕が戦わなければいけない、僕以外誰も戦う事は出来ないのだと」
 呟くように告げたレイフォンの歩みが止まる。一歩遅れて足を止めたリーリンは、ゆっくりと振り返った後、黙って彼の言葉の続きを待った。
 逆光が、リーリンの表情を曖昧に溶かしている。眩しさに目を細めながら、レイフォンは考えつつ言葉を紡いでいく。
「でもそれは、僕の傲慢だった。武器だって周囲の環境だって違うのに、僕はグレンダンにいる時と何一つ変わっていないつもりで戦った挙句、死に掛けて。それを変えてくれたのが、隊長や、小隊の皆だった」
 一人で頑張らなくていいのだと、そう言って手を差し伸べてくれた人たちがいる。
 一緒に強くなろうと、その手を握り返した時の嬉しさは、今思い出しても胸の奥が暖かくなるのだ。
「分かる気がするな」
 目を細めて笑いながら、リーリンは上目遣いにレイフォンの顔を覗き込んだ。
「たまにだけど、小隊の練習とか見せてもらっているでしょ? その時に見たレイフォンの顔、すごく懐かしい感じがしたの」
「懐かしいって?」
「小さい頃―養父さんの道場で刀技を習っていた頃のレイフォンみたいだった」
 リーリンの穏やかな瞳と、レイフォンの息を呑んだような瞳が束の間絡みあう。
「訓練内容とかは、わたしには分からないけれど、すごく楽しそうだった」
「そ、そうかな?」
「そうだよ。自分でやっていて分からない?」
 困惑気に頷いたレイフォンを見て、リーリンは僅かに目元を和ませた。
「......ちょっと、羨ましかった」
「え?」
リーリンの言葉が聞こえなかったわけではない。ただ単に、その言葉の意味が掴めなかったのだ。
反射的に問い返した彼へ、リーリンは真っ直ぐに視線を向けた後、不意に唇の端をきゅっとあげて微笑んだ。
「羨ましいって言ったんだよーっ、だ」
「リ、リーリン?」
 動揺した声がレイフォンの口から漏れる。
 その様子に無邪気な笑顔を投げた後、リーリンはくるりと背を向けた。
 戦いに行く時に見送ることしか出来なかった自分。
 彼の「帰ってくる場所」を守る事も大事だとは知っていたけれど、自然に――それが当然のように、レイフォンと肩を並べて戦う姿を見たら、なんだか酷く羨ましかったのだ。
 天剣授受者のときのレイフォンには、感じたことがない思いだった。
 天剣であるレイフォンと肩を並べる人々は、それこそ雲の上の存在で、羨望とかそういったものを遥かに超えて、ただひたすら「すごい」としか思えない相手だった。
 だけど――。
 十七小隊のメンバーの姿が胸中に浮かぶ。
 彼らは歳も近く、同じ学生で、(天剣授受者などと比べれば)極普通の武芸者だ。それこそ、喩えてみるならご近所さんのような感覚。
 そういった人がレイフォンの傍にいる。
(羨ましいなんて嘘だ)
 そんな簡単な言葉じゃない。
(嫉妬してるんだ、わたし)
 自分が一緒にいられないレイフォンの傍に、彼女たちがいる事に。
 リーリンはそっと自分の顔を両手で挟んだ。小さなモーションで、気合を入れるように軽く頬を叩く。
(頑張らなきゃ)
 自分がこんなにぐちゃぐちゃ悩んでいるなんて、レイフォンが気付くはずは無いけれど、だけど気付かせてはいけない。
 レイフォンが追いついて、慌てた様子でリーリンの顔を覗き込むまで、あと数秒。それまでに「完璧な幼馴染の笑顔」を浮かべるのだと、リーリンは背筋を伸ばし、自らを鼓舞した。

- END -


お久しぶりです。すごく久々の短編UPです。夏コミ原稿に集中します宣言して以来なので...2ヵ月ぶりくらいでしょうか。
今回の短編は、夏コミの本に収録できなかった(完成しなかったとも言う)ものを手直ししてのUPにになります。まぁ最後、最初の予定とは大分話がズレてしまいましたが、いっか~、みたいな。
次の短編は、9月前半にUPできたらいいなぁとも思うのですが、9月は久々の新刊発売月でもありますし、発売まで待ってからネタを新しくして書く...かも、しれません。まだちょっとその辺は未定。

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