Facta non verba ~鋼殻のレギオス~

 

 長い夜

「気をつけて!」
 安全装置を解除した錬金鋼を持って走り去る背中に、ハーレイは手でメガホンを作るようにして声をかける。
 ツェルニは現在、汚染獣に襲われている。武芸科と錬金科の生徒――錬金鋼の調整をしなければいけないからだ――にされた説明によると、ツェルニの足が汚染獣の巣があった場所を踏み抜いてしまったらしい。だから敵は汚染獣といっても、まだ生まれたばかりの幼生体だということだが、戦う力を持たないハーレイからすれば、全てひとくくりで「汚染獣と言う名の恐怖」だ。
 こうやっている今も、武芸科の皆が戦っている。そして今、彼――レイフォンもそこに加わろうとしている。
 一瞬だけ振り返った影が小さく頷くのが見えたが、あっという間にその姿は屋根を越えて飛び去っていった。小さなつむじ風に巻き上げられた木の葉がくるりと回る。
 祈るような思いを込めて目を瞑った後、ハーレイは散らかしていた調整用機材の整理を始めた。乱雑に散らばったコードを回収していると、聞きなれた音が背後から近づいてきた。
「まだ片付けていなかったのか」
 キリクの声だ。車椅子でしか移動できない彼は、こういう非常事態に地上部にいるのは危険だろうと思うだが「どこにいても変わらない」と言い張り、強行に錬金鋼調整の場へと出てきたのだ。
「ちょっとね。レイフォンが遅れて来たから」
 遅れて、の言葉にキリクの眉が上がる。
 武芸者、しかも小隊員の癖に何をしていたんだと言わんばかりの表情だ。それを宥めるように肩を竦めた後、離れた場所で停まったキリクを手招きながら、片付けかけた機材のディスプレイにデータ履歴を表示させる。
「それより見てくれよ」
「なんだ」
 相変わらず不機嫌そうで素っ気無い口調だが、大人しく近づいてきたキリクは示されるままにハーレイの指先に視線を向ける。その目元が、先程とは異なる意味合いできつく歪んだ。
「こんな設定、見たことないぞ」
「僕だって初めてさ」
 ハーレイが示すのは、先程レイフォンの武器に付加した設定の数値だ。
 レイフォンの言うがままに打ち込んだ数値は、まさに緻密としか言いようがない。過去の感覚に近づけたいと言っていた。それはグレンダンで彼自身が持っていた武器に付加されていた設定値なのだろうが、最初にこれを組んだ人に会えたら、是非とも弟子入りを志願したいくらいだ。
「こんなもの、使いこなせるのか?」
「見たわけじゃないけど『昔の感覚に近づけたい』って言ってた。だから『使える』んだと思う」
「...そうか」
 暫く無言で数値を追っていたキリクは、やがて小さく息を吐き出すと顔を上げた。
「コイツで試すつもりか?」
「どうかな、と思って。強さは保障するよ?」
「やる気はなさそうだけどな」
 おや、という表情でハーレイはキリクを見る。
「対抗試合くらい見ている」
 事も無げに言い、再びディスプレイを睨みつけた。
「そうだな...まずは試してみないと始まらないが、やってみよう」
「オッケー! じゃあ早速試作品を用意しないとね。明日早速申請をだして――」
 ぐっと親指をあげてサムズアップのポーズをとったハーレイは、実際の製作スケジュールを口にしかけたところで、ふと我に返ったように口を閉ざした。
「――大丈夫だよね、みんな」
 会話に熱中している間は忘れていたが、今は汚染獣との戦いの時だ。緊急時のサイレンが、遠く近く鳴り響いている。
「ああ」
 低く、キリクが断言する。
「あんな武器を使いこなせる奴がいたら、幼生体如き、なんてことはないだろう。あとは恐らく時間的な猶予と、指示を与える念威繰者がいるかという問題だけだな」
「ああ、だから『ロス先輩』なんだ」
 レイフォンが去り際に残した台詞を思い起こし、ハーレイは頷く。
 ちゃんと彼の中に勝算はあるんだ。
 もしかして無謀な戦いに送り出しただけなのだろうかと、そう思っていた気持ちがほっと緩む。大きく息を吐き出すと、ハーレイは気持ちを切り替えて、中断していた機材の片づけを再開した。全て片してしまうわけではない。錬金鋼が壊れた武芸科生徒が来た時、手早く新しい武器を渡せるように場所を整えておかなければいけないのだ。丁寧に、だが極力急いで行われる作業を、キリクが無言で手助けする。
 そんな静かな作業は、生徒会長による汚染獣駆逐のカウントダウンが始まるまで続いたのだった。


- END -


初心にかえって、と言うわけではないんですが、1巻の初汚染獣襲来のあたりから話を創作してみました。実際、「あの」キリクが地味な錬金鋼調整の作業とかをしにくるだろうか? とか思わないでもないんですが(...)1人だと話が進まないので。
とはいえ、最初に書こうと思ったネタは違ってたんです。おかしいなー。そのネタは次回繰越にしたいと思います。内容的には大したものではないんですがw
錬金鋼って、安全装置をかけていても、炎剄将弾閃や九乃みたいな技は、まともにくらったら全然「安全」じゃなさそうだよなぁとか、そう思っていただけなんです。それを元に何か書こうかなぁと思っていたはずなんですが・・・・・・あれー?

そして短い話になりましたが、今月もなんとか自己目標「月2本」を何とかクリア。ギリギリすぎですが...。来月こそグレンダン組が書きたいです。グレンダンっていうか、その、リンテンスさんが・・・。


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