Facta non verba ~鋼殻のレギオス~

 

 トワイライト・マジック

(なんでこんな事になってるんだろう)
 いっそ気を失えたらどんなに楽だろうと思いながら、メイシェンはぎゅっと目を閉じる。
 今、彼女がいるのはレイフォンの背――いわゆるおんぶという奴だ。薄目を開けると、すぐ目の前にレイフォンの頭がある。無造作に跳ねた髪の毛が、彼の歩みにつれてふわふわ揺れているのが、なんだかくすぐったい。
(触ってみたいな)
 不意に浮かんだ衝動を懸命に堪えるが、無意識に手に力が入ったらしく、肩越しにレイフォンが振り返る。
「どうかした?」
「あっ...ううん、なんでもない」
 彼我の距離の近さに頬を真っ赤に染めながら、メイシェンは目を逸らし、顔を横に振る。
「ならいいけど、足が痛くなったら言ってね」
「うん」
 再び前を向いて歩き出すレイフォンに気づかれないよう、メイシェンはこっそりと溜息をつく。
 こういう状況になった理由は、彼が口にした足の怪我である。


「危ない!」
 誰かの甲高い悲鳴に反応できたのは、自分にしては上出来だったとメイシェンは思う。
 振り返り、崩れ落ちる缶の大群が視界に入ると同時に数歩後ろへ後ずさった。つま先に当たる硬い感触。誰かの買い物カゴがぶつかったか、それとも商品補充に歩く店員の抱えるダンボール箱がひっかけたか。理由は分からないが、セール品として高々と積まれていた缶詰の山が、無残に崩壊している。お徳用サイズのスープ缶は液体だけに重い。もしもアレが直撃していたらと思うと、今更ながらに背筋が寒くなる。
「補充が面倒なのも分かるけど、あそこまで積み上げなければいいのに...」
 今日は月に二回あるセール日で、客も多い。それだけに目玉商品は数多く出さないとすぐに品切れになってしまうのだろうが、それでも限度はあるだろう。怪我人が出なくてよかったと思いながら、メイシェンはレジで清算をすませて店外に出た。
 重い袋を抱えつつ今晩のメニューを考えるメイシェンは、家へ向けて歩く内に、段々と足が痛くなってきた事に眉を寄せる。
(あれ...?)
 歩道の端へ寄り、痛みがある右足首へ視線を落すと、僅かに腫れ上がっているように見えた。
(あの時、ひねった?)
 原因など、缶の雪崩を避けたときしか考えられない。
 寮まで普通に歩けばあと十分ほどだが、そこまで歩ききれるだろうか? 今日は特売日だからと張り切って買い物した大荷物が恨めしい。とりあえず少し休もうと壁に背を凭れかけたとき、通りの反対側に見慣れた人影をみつけ、目を瞠る。
(ナッキと...レイとん...?)
 同じ小隊で訓練をしている二人が一緒に返ってくるのは別に珍しくはない。だが、同じ寮に暮らすナルキはともかく、レイフォンの寮は方角違いだ。何故ここにいるのだろうと考え込みかけて、はっと我にかえる。
 ここでナルキを見かけたのは幸運としか言いようがない。大声を上げる恥ずかしさを堪え、信号待ちをしているナルキの名前を呼ぶ。
「――...ナッキ!」
 掠れたような声になってしまったが、しっかりと彼女には届いたらしい。驚いた表情を浮かべた後、レイフォンを引きずるように引っ張りながら、メイシェンの元へとやってくる。
「メイ、どうした?」
 挨拶もそこそこにナルキは問いかける。ツェルニへ来る前、ヨルテムからの幼馴染であるナルキは、メイシェンがこうやって『通りの向こう側から呼びかける』ことは殆どありえない事を知っている。何かあったという事を前提とした問いかけに、メイシェンは苦笑する。
 手短に状況を話すと、ナルキはメイシェンの足首の様子を確かめ、小さく頷く。
「冷やしておけば大丈夫そうかな。医者にいくか?」
「ううん、いい。お夕飯の支度もしないといけないし...」
「夕飯くらい別にいいんだがな」
 膝を払って立ち上がったナルキはレイフォンに視線を向ける。
「とりあえず少し様子をみて、明日の朝も痛みがあるようだったら、朝イチで病院にいけばいいんじゃないかな」
「それでいいか」
 レイフォンの意見に頷くと、ナルキはメイシェンの持っていた買い物袋を抱えあげる。
「ところでレイとん、頼みがあるんだが」
「なに?」
「あたしはこの後、都市警に行かないといけない」
「ああ、訓練の時に言ってたね」
「今晩は警邏の当番なんで準備があるんだ。だから、悪いがレイとん、メイを寮まで送ってやってくれるだろうか。荷物だけは先に持って帰るから」
 武芸者二人の歩みは結構速い。多分普通に歩いたら、メイシェンの足の痛みは増してしまうかもしれない。
 ちらりと時計に視線を向け、時間を気にするナルキの様子に、レイフォンは笑顔で快諾する。
「分かった」
 二人の間で手早く決められる内容に、メイシェンはあわあわとするしかない。
「それじゃメイ、先にいくから。レイとん、よろしく頼む」
「え、あ...ナッキ...」
 服を掴もうと伸ばした手は、僅かに届かず空を切った。
「気をつけて。また明日」
 ナルキを見送るレイフォンの挨拶を呆然と聞き――そうやって、何がなんだか分からない内に、レイフォンに背負われて寮への道を進む事になったのである。


「...レイとん。用事があったんじゃないの?」
「特にないけど、なんで?」
 振り返った彼との距離の近さに怯みつつ、メイシェンは小声で応じる。
「レイとんの寮とは方角が違うし、何かあったのかと...」
 もし用事があるのに自分を送らせているのだとしたら本当に申し訳ないと思うのだ。
 その言葉に、レイフォンは笑って首を横に振る。
「ナッキから自宅近くのスーパーが特売だって聞いて、訓練も早く終わったし、ちょっと行ってみようかと思っただけなんだ。特に何かを買わなきゃいけないと言うわけではないから気にしないで」
「そうだったんだ」
「それよりメイは、そのスーパーで買い物をしたんだよね。何かお買い得品はあった?」
「えと、食料品がやすかったよ」
 レイフォンが――一人暮らしの男子が買うとしたらこのへんの品だろうか、と思うものを幾つか挙げる。更に問われるまま、メイシェンのお薦め食品と調理法などを話している内に、彼女の暮らす寮の門前まで着いてしまった。元々スーパーからは近いのだ。当たり前のことではあるが、ようやく二人きりという状況に慣れた時に終わってしまった時間に、そこはかとない寂しささえ覚えてしまう。
「ここまでしか送れないけれど、ごめんね」
 メイシェンが暮らすのは女子寮なので、男子は中に入れない。すまなさそうにするレイフォンへ、そんなことない――と懸命に首を左右に振る。
「ううん、送ってくれて本当にありがとう。あの...その...」
「ん?」
 真っ赤になって言いよどむ様子に、かすかに首を傾げる。
「重かった、でしょ?」
 口にしてしまった後、メイシェンの胸中には一気に後悔と羞恥が込み上げる。
「え、特には重いとは思わないけ、ど...」
 反射的に返事をしたレイフォンは、急に言葉の後半からしどろもどろの様子を見せる。
 口にした通り、特にメイシェンが重いとは思わない。
 昨今で持ったものの中で一番重いものといえば、復元後の複合錬金鋼だろうか。だが武器と人間、しかも友人を比べるのはどうかとも思う。
 では最近持った、もとい、抱えた人が誰か? 外縁部での自主訓練時に倒れたニーナ。そして廃都市探索時に肩車を強要したフェリ。
 ――そこまで連想して、ずっと考えないようにしていた事を色々思い出してしまったのである。
 メイシェンを背負って歩いていた時に感じた体温であるとか、背中に触れる柔らかな膨らみだとか。そういった新しい記憶に加えて、比較対照として想起したフェリを肩車した時のことや、病院で見たニーナの白い背中などが走馬灯のように脳裏を駆け巡る。
(ダメだ、落ち着け!)
 調息の容量で深呼吸し、余分なものを頭から追い出す。
「えーと、とにかく...」
 話題を変えようと思うものの、気のきいた台詞は見つからず、結局無難な怪我を心配する言葉を紡ぐ事になる。
「部屋帰ったら、足を冷やしてあまり動かさないようにね」
「はい」
「あと、もしもナッキが帰らない間に病院行きたくなったら、呼んでくれていいから」
 さりげなく言われた言葉に、メイシェンは真っ赤になって首を振る。
「そんな! 悪いよ」
「医者行きたくなるほど痛くなったら、歩けないでしょう? ミィじゃ支えるの辛いだろうし」
「でも...」
 泣き出しそうな顔になって困惑するメイシェンへ、レイフォンはゆっくりと笑みを向ける。
「困った時はお互い様っていうし、友だちだから助け合うのは当然だよ」
「だけど、レイとんには助けられてばかりで、わたし何も返せてないと思う...」
「メイには沢山助けられたよ」
「え? お昼ご飯...とか?」
 思いつくものはそれしかない。
 料理は自分自身の得意分野だし、栄養のバランスなども考えて作っているから、レイフォンの健康に多少は寄与出来ているとは思う。だが『沢山』といわれるほどすごいことだろうか。そうは思えない。
「違うよ。確かにメイの料理はとても美味しいけれど、それだけじゃないってば」
 さりげない褒め言葉に頬を染めるメイシェンに気づかぬまま、「覚えているかな」とレイフォンは笑う。
「以前、隊長が倒れた時に言ってくれたよね。みんなで協力して強くなればいいって」
 細かいニュアンスは違ったかもしれないけれど、確かにそんな事を言った覚えはある。小さく首肯したメイシェンは、レイフォンの言葉の続きを待つ。
「あの言葉がなかったら、気がつけなかったことが一杯あったと思うんだ。だから本当に感謝してる。あと――」
 一旦言葉を切り、言おうか言うまいか迷う表情を見せた後、照れたような口調で続ける。
「協力して互いに支えあうのは、別に小隊のみんなだけじゃないと思うんだ。ミィやメイも同じ。大事な仲間だと思ってるから」
 戸惑いがちに紡ぎ始めたに違いないレイフォンの言葉は、最後は清々しいまでの強さをもってメイシェンに届いた。それは波紋のように、静かに、しかし確実に彼女の心を揺らした。
「あ......ありがとう」
 考えるより早く、自然に唇が言葉を選んでいた。目元に笑みを浮かべたレイフォンは、再度怪我を気遣う言葉をかけてから踵を返す。
 遠ざかる背中を見えなくなるまで見送った後、メイシェンは傷の痛みを拭いさるようなぬくもりを抱きしめたまま、ゆっくりと寮の階段を登っていった。


- END -


時系列はいつだろう、と考えてましたが、なんだか結局よく分からない事に...。多分ツェルニ崩落事故以降~リーリン到着前くらいかな、と思います。
ところでヤバいです、もう23日じゃないですか! 月2本のペースが守れない予感...!!!
全然関係ないですが、アニメで女王陛下の睡眠シーンは色気たっぷり(っつーか、なんで何も着てないんです?)でびっくりしました(笑)。陛下といえば、オール・オブ・レギオスIIの絵師コメントのイラスト、陛下&リンテンスの絵にくらくらでした。くそー、陛下かっこいいぜ!
ついでに本編(?)の方は、クララ可愛いよクララって感じで。クララの話書きたいな~。あとは某さんの「おれの女」発言でリアルで噴出しそうになりましたとさ。
眠いのでまとまりのないまま終わります。
あ、近況。
犬の散歩に出たとき、すっころんで膝と右手を怪我しました(てへ)。右手は手のひらをすりむいた上、ついでにひねったようです。コレがなければ、あと1週間早くUPできてたかも...。(手が痛くて入力するのが辛かったです。暫くは箸も持てませんでしたしw)

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