Facta non verba ~鋼殻のレギオス~

 

 A Million Miles

- commemoration of counter 10,000 -

blogカウンター「10000」キリ番によるリクエスト作品
お題:
・キャラクター : レイフォンとリーリン
・シチュエーション : ツェルニにリーリンがいる時間軸でレイフォンの昔の日常を聞かれて話す回想話


 マイアスとの戦いが終わって十日あまり。
 武芸大会で生じた都市各所の破損も修復が完了し、ツェルニはゆっくりと日常生活を取り戻しつつあった。
「ごめん、おまたせ!」
 路面電車の停留所で本を読みながら待っていたリーリンは、背後からかけられた声にゆっくりと振り返る。肩にかけた鞄を揺らし、真っ直ぐに走ってくる幼馴染の姿に自然と笑みが浮かぶ。
「大丈夫、そんなに待ってないよ。でも、そっちからくると思ってたのに、なんで違う方向から来るの?」
 閉じた本を鞄にしまいながら立ち上がったリーリンは、レイフォンが来たのとは異なる方向に視線を投げつつ問いかける。彼女が目を向けた方角には、小隊が訓練で使う練武館がある。
 今日は訓練後に都市内を案内してもらう約束をしていたのだ。ただしレイフォンは小隊の訓練があるため、その後の合流になる。どこに向かうかはまだ決めていなかったため、とりあえず練武館最寄の停留所で待ち合わせ――という事になったのだが、彼は何故か練武館ではなく、都市中央部の方角から現れたのだ。リーリンならずとも疑問に思うところである。
「実は急に合同練習になっちゃって、あっちのグラウンドでやっていたんだ」
「そっかぁ。練習の後に沢山移動させちゃってごめんね」
「大丈夫。普段から、訓練の後は走って帰る事も多いんだ」
 笑って首を横に振ったレイフォンは丁度到着した電車へ乗り込み、リーリンも慌てて後に続く。
 練武館近くを通る路面電車はとても空いている。近くに一般生徒が使う施設が殆どない事に加え、今日は練武館で訓練している小隊が殆どない事も影響してか乗客は彼ら二人だけだった。自動運転で運行する列車の中はとても静かで、なんとなく二人の声も、控えめなトーンになっていく。
「走って帰るのは、運動後のクールダウンみたいな感じなのかしら」
「そうだね。僕だけじゃなくて、うちの小隊の人も練習後は走って帰る人が多いよ。電車で帰るのは錬金科の人や念威繰者の人くらいじゃないかなぁ。あ、フェリ先輩は、たまに一緒に歩いて帰るときもあるけど。――あ、三駅先で乗り換えるね」
「うん、分かった」
 一緒に、のくだりでリーリンの眉がぴくりと動くが、窓の上に張られた路線図を見て降車駅の確認をしていたレイフォンは、その表情の変化には全く気づかなかった。そしてリーリン自身も特に深く追求する事はせず、心のメモに書きとめるだけに留めて、さらりと話題を変えていく。
「でもグレンダンにいた頃、そんなことしてた?」
 幼い頃からずっとレイフォンが練習する様子をみていたリーリンだが、レイフォンが「ただ走っている姿」というのはあまり想像が出来ないらしい。記憶に残る姿は、道場や孤児院の庭で黙々と錬金鋼を振り続ける彼の姿だ。訝しそうに首を傾げる彼女へ、レイフォンはおかしげに笑い返した。
「家と道場の距離じゃ、走るのどうのっていう距離じゃないでしょ」
「それもそうか。・・・あれ、そういえば王宮に行く時も、いつも歩いて行ってた?」
 問いかけるリーリンの言葉に、レイフォンは小さく頷いた。
「急いでいるときは交通機関は使えないし、普段の移動で電車代を使うのも勿体無いからね」
 武芸者が急いで移動する時、それはつまり都市に危険が迫った時だ。
 汚染獣が襲来した時や都市戦争の際は、市民の避難が優先されるため、通常の交通機関は全て停止する。そして武芸者はといえば、緊急移動経路として空中 ―― 点在するビルの上を移動していくのだ。既存の道路を無視して進めるため、武芸者にとって最速の移動方法だ。普通に道路を高速移動すると周囲の人や物に影響を与えかねないが、空中ならそういった心配も無用なため、全力で進むことが出来るのも大きい。
 ただ、そう言う移動を一般市民が見ることは、ほぼ無い。緊急時にしか行われないのだから当然だし、武芸者が本気で行う高速移動を武芸者では無い人間が目で捉えることは不可能に近い。だから知識として聞いてはいても、非常時にシェルターへ移動する立場であるリーリンには、なんとなく想像し辛いのだろう。
「だけど王宮って結構遠かったよ」
 ツェルニへと旅立つ前、初めて王宮に行ったときの事を思い出す。
 直線距離ならば近いのかもしれないが、バスや電車を乗り継いで行ったら思った以上に時間がかかったのだ。初めて行く場所だから、と、相当余裕をみて出発したから良かったものの、そうでなければ指定の時間に遅刻するという恥ずかしい目に陥っていたかもしれない。
 その事を言うと、レイフォンは苦笑混じりに答えた。
「治安上の問題とかなんとかで、王宮方面へ行く路線が限られてるから、養父さんの道場からだとかなり遠回りになるんだよね。多分、リーリンの通っている学校がある地区から行く方が、まだ近かったんじゃないのかな」
「帰る時にそう思った。レイフォンよく通ってたよねぇ。天剣授受者成り立ての頃は、毎日王宮に行ってたでしょ?」
「うーん、あれ位の距離は、特に遠いとは思わないなぁ」
 丁度いい運動だよ、と答えるレイフォンに、リーリンは眉を寄せる。
「そういうところはやっぱり武芸者だよねぇ」
「そう? 他の人たちだって、みんな徒歩で登城してたから、それが普通だと思ってた」
 各天剣授受者には、専用の――それぞれの体格に合わせた――ランドローラーが支給されていたが、これはあくまで都市外へ赴く時に使うものだ。都市内での移動にランドローラーを使ったら、女王に「怠慢だ」と指をさされるに違いない。
 女王の影武者を勤めるカナリス、そっして王族であるティグリスを除けば、他の天剣授受者は市街地住まいである。だが、殆どが公共交通機関を使うまでも無い距離に住まっていたはずだ。
 アルシェイラの代になって天剣を得たものには、都市外から来た人物も多い。そういった天剣授受者に対しては、王宮に程近い一等地が住まいとして提供されていたはずだ。リンテンスは落ち着かないといって、グレンダンに流れてきた時に居を定めた外縁部に近い古アパートに居座っているようで、彼が最も王宮から遠い場所に住む天剣授受者でもある。この件は、リンテンスに心酔する市民の間では『外縁部に住むことで、真っ先に敵の襲来から護ろうとしてくれているのだ』と言う事になっているらしいが、レイフォンはただ単純に引っ越すのが面倒なだけなのではないかと思っている。
 元からグレンダン在住の天剣授受者は特に自宅から移動したものはいないようだが、初代天剣授受者を祖に仰ぐルッケンスは元々都市中央部に住んでいるし、やはり移動に時間がかかるということは聞かない。
 そんなわけで、レイフォンが思いつく限り、天剣授受者であろうとなんだろうと、やはり『通勤は徒歩』なのだ。
「みんなって、・・・まさか天剣授受者の人たちの事!?」
「そうだよ」
 他に誰がいるの、と言わんばかりの表情を浮かべるレイフォンに、リーリンは大きな溜息をつく。
「・・・あーあ、なんか夢が壊れるなぁ」
「ええっ!? なんで!」
「なんでもよ」
 レイフォンは身近な存在すぎてあまり感じないのだが、やはりグレンダン市民としてみれば、天剣授受者は女王陛下に続いて『天の上の存在』だ。女王と彼らがいるから、グレンダンは絶対に安全――それは神格化された妄想のようにも思えるが、グレンダンの住人にとってみれば只の事実でしかない。
 公式行事などで見る礼装の天剣授受者たちは、揃いの白い衣装が輝くばかりに眩しく目に映ったものだ。この人たちに護られていれば安心なのだと、無条件に思える格好よさなのである。
 その憧れが色々と現実に即していなかったことは、ツェルニへと向かう旅で一緒になったサヴァリスの言動や、一度だけ会ったリンテンスの様子で大分理解はしたつもりだったけど・・・。
 リーリンは横目でじっとレイフォンを見る。
「な、なに?」
 向けられる視線へ怯んだ様に、レイフォンは僅かに身を強張らせる。
「なによ、その顔は」
 呆れたようにレイフォンの額を指先で軽く弾くと、リーリンは座席の背もたれに勢いよく凭れ掛かった。
「レイフォンのこと、色々知っているようで知らなかったんだな――って思っただけよ」
「確かに武芸関係のことは、あまりリーリンには話さなかったかも」
 ほっとした表情で身体の力を抜いたレイフォンは、特に痛むわけではないが反射的に額をさすりつつ言葉を続ける。
「やっぱり武芸者じゃないリーリンに話しても、どこまで分かってもらえるんだろうっていうのもあったし、あとは・・・」
 僅かに視線を逸らすレイフォンの仕草に、彼が飲み込んだ言葉を悟る。
 レイフォンはあまり嘘が上手ではない。だから会話の端々から秘密が漏れてしまわないように、闇試合に手を出すようになって以降の事は『敢えて話さなかった』のだろうと思う。
 手探りでレイフォンの手をとると、ぎゅっと一瞬だけ強く握り締めた。
「ね、レイフォン。わたしは確かに武芸のことはよく分からないし、聞いてもどこまで理解できるかは分からないよ。だけど、レイフォンの話はどんな些細な事でも聞きたい。・・・グレンダンとツェルニで別れてる間に、本当にそう思ったの」
 何かを伝えたいと、そう思ったときにこそ強く感じる彼我の距離。物理的な距離よりも感じる、心の遠さ。
 想いを紙に文字で綴ることは、初めの内こそ新鮮な感触があったけれど、何枚も連ねて行く間に、相手にそれが届くまでの時間差と、思いをありのままに記せないもどかしさが胸の奥を重く満たしていた。
 真摯な瞳を向けられ、レイフォンは僅かに驚くが、すぐに柔らかな笑顔に取って代わる。
「うん。僕も沢山リーリンに聞いて欲しいことがあったよ」
 ツェルニで受け取った手紙の数々が、どれだけ今の自分を支えているか、きっと彼女は知らない。繋いだ手を握り返すと、リーリンの瞳が微かに揺らいだ。
 些細な変化だけれど、レイフォンはその表情を知っている。それは彼女が泣きたくなくて我慢をしている時のまなざしだ。そういった時に彼が常に出来ることは、黙って傍にいることだけだった。自分の存在を主張するように、再度手を握り締める。細い指先は、記憶にあるものよりも柔らかいような気がする。それはきっと、孤児院の水仕事を率先してやっていたリーリンの手の感触を覚えているからなのだろう。
 孤児院を出た後は学校の寮住まいだという。更にツェルニへの旅を経て、リーリンの手は「孤児院のお母さん役」だった頃の手とは変わってきているのだろう。その変化は、レイフォンになんとも言いがたい気持ちを抱かせる。
 変わったのは彼女だけだろうか。自分は何かあの頃から変わったのだろうか――。
 手のひらから伝わるぬくもりを分け合いながら、レイフォンは視線を窓の外に移す。降りようと思っていた駅は一つ通り過ぎてしまった。だけど、今のこの時間を壊したくないと、不思議と強くそう思うのだった。


- END -

なんだか過去の日常部分をあまり含ませることが出来ませんでした・・・。まったく「回想」部分がないというか・・・orz でも徒歩通勤でちょっと思いついたネタもあるので、いつか続編という形で書いてみたいなと思っています。
そしてきっと路面電車は折返し運転で、数十分後に希望の駅で降りられるはずです。(それはどうでも)

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