Facta non verba ~鋼殻のレギオス~

 

 プリティ・エイド

 いつものように、四人でメイシェンが作った弁当を囲む昼食時のことだ。不意にミィフィが声をあげた。
「あれっ、レイとん。顔から血が出てるよ」
「え?」
 サンドイッチを齧っていたレイフォンの動きがぴたりと止まる。
「頬っていうか、目の下あたり?」
 手にしたフォークの柄で、ミィフィは自分の右頬を示した。ミィフィの指す位置を確認したナルキとメイシェンは、レイフォンの顔を見つめた後、それぞれに頷く。右の頬骨のあたりうっすらと血の滲んだ擦過傷のようなものがあった。
「傷、あるね...」
「だが大した傷ではないようだな。格闘術の授業で引っ掛けでもしたか?」
「うーん、記憶にないや。痛くはないんだけどなぁ。どのへん?」
 一口で食べかけのパンを飲み込むと、レイフォンは己の顔へ指を伸ばす。
 それを慌てて留めたのは右隣に座っていたメイシェンだ。無造作に傷口に触れようとする手を掴み、懸命の表情で言い募る。
「だっ、駄目だよ...! 食事中の手で、傷なんか触ったら」
「あ、そっか。そうだよね」
 素直に頷いたレイフォンは手を下ろす。ほっとした表情を浮かべた後、ようやく自分の行動に気づいたメイシェンは、首まで真っ赤になって顔を左右に大きく振った。彼らの様子をにやにやと見守っていた残る二人は、目を見交わし、無言の会話を交わす。
「絆創膏でも貼っておきなよ。はい、これ」
 ミィフィは制服のポケットから一枚の絆創膏を取り出してメイシェンへ差し出した。
「え? なんで...?」
 動揺と困惑の混ざった声をメイシェンがあげる。
 ミィフィが座るのはレイフォンから向かって左手だ。メイシェンとは向かい合う位置だが、普通に本人へ渡す方が早い。レイフォンも不思議そうに自分の前を素通りしていった絆創膏の行方を見つめている。
「傷の位置も分からないのに貼れるわけないだろう」
 さも当然そうにナルキが口を挟む。
「そうかもしれないけど...でも...」
「いーから、とっととやる! 一番近いんだから!」
 メイシェンの手を取り、ミィフィは絆創膏を押し付ける。ちなみに彼女が絆創膏を持ち歩くのは、取材の合間によく切り傷を作るからだが、それは余談として。
「早くしないと食事の時間がなくなるぞ。授業は昼で終わりだが、午後からレイとんは、小隊の訓練があると言っていなかったか?」
「うっ...」
 ちらりと時計をみやりながらの言葉が、見えないプレッシャーとなってメイシェンに圧し掛かる。
 酷く時間がかかったような錯角の中、絆創膏の紙パッケージを破る。震える指で中味を取り出したメイシェンは、数度、泣きそうな視線を友人たちに向けるが、ミィの口パクによる「早く!」という言葉に押され、困惑の表情で――とはいえ、彼女はいつもそんな顔をしている時の方が多いわけだが――取り出したものをレイフォンの頬に向けた。
「...それじゃ、つける...ね」
 こくりと頷いたレイフォンの小さな傷痕を絆創膏で隠す。そっと貼り付けたときに指先で感じた熱に、メイシェンの体温がじわりと上がった。ぱっと手を離し、俯き加減に「終わったよ」と告げる。ちらりと上目遣いに上げられた視線が、泣き出しそうに潤んでいる。
 普通であれば「なんで傷の手当てをするだけでそんな表情に」と考えたくなるところだが、相手は人見知りで引っ込み思案なメイシェンである。レイフォンも多少気にはなりつつも「まぁメイだし、大分慣れてくれたとはいえ、ミィたち以外の人の傷の手当てとかは緊張するんだろうなぁ~」という風に暢気に感じていた程度で、メイシェンの様子が『普段以上におかしい』事にまでは、思い至らなかったのだ。
「オッケー♪ じゃ、今日はそれつけておいてねっ」
 ミィフィが満面の笑みで告げる。
「ありがとう。でも、活剄ですぐに治りそうな気もするんだけどなぁ」
 傷が隠されたことで、レイフォンは遠慮なしに傷のある付近を指で触っている。
 頬骨のあたりは喋るたびに動く。皮膚が引き攣れる様な感触が気になってたまらないようだ。彼の行動を嗜めた後、ナルキは生真面目な口調で言葉を続けた。
「小さな傷ほど治りにくいと思うし、今日も訓練はあるんだろう? 途中で引っ掛けたりしたら酷くなるし、つけておけ」
「そうそう。油断大敵ともいうでしょー?」
 笑いながらミィフィが会話に加わる。
「ミィ、それは流石にちょっと違うと思うぞ」
「ん~と、それじゃ後悔先に立たず?」
「それは傷が悪化した時に言う台詞――って、そうじゃないだろうが」
 二人がかりでの『忠告』がいつものじゃれあうような会話になったあたりで、レイフォンは敗北を悟って両手をあげる。
「分かった」
 二人の会話の切れ目に割って入り、ゆっくりと笑みを浮かべる。
「ちゃんと夜までつけておく」
 それから、メイシェンの方へと視線をむけ、再度礼の言葉を口にする。
「メイも。つけてくれてありがとう」
「ううん...、お大事に、ね。でも......」
 笑顔に見惚れるように硬直した後、勢いよく顔を横へ振ったメイシェンは言葉を続けようとするが、言いづらい事なのか、それとも他の理由でか、結局何も言わずに口を噤んだ。
 大人しいメイシェンが何かを言いかけてやめるというのはよくある事だったが、何か言いたいことがあるのだろうかと促そうとした時、タイミングよく昼休みがまもなく終わる事を告げる予鈴が鳴った。
 だからその後は、急いで残りの弁当を片付けたり、レイフォンは訓練に遅刻しないように急いで移動したり、とバタバタしてしまい、彼女たちが仕掛けた「ちょっとした悪戯」に気づいたのは、練武館についた後だった。挨拶とともに室内に入ると、先に到着していたらしいシャーニッドが手をあげて挨拶を寄越した。
「よっ、おつかれさ――」
 彼らしい軽妙な口調での挨拶が不自然に途切れる。なんだろう、と首をかしげた瞬間、シャーニッドとハーレイが同時に吹き出した。
 片手で口を押さえ、涙をこらえて笑い転げる二人に不審の声をかけようとしたレイフォンは、とことこと歩み寄ってきたフェリの差し出すものへ視線を落す。
「鏡...?」
「いいから」
 押しつけられたそれを覗き込み、レイフォンは絶句する。小さな円に切り取られた己の頬に貼られた絆創膏は、ピンクのハートに囲まれて白ウサギが踊るという、とてもとてもファンシーなものだった。
(ミィ...!)
 かーっと頬に血が上る。
「いつからそれつけてたのさ、レイフォン...可愛いけど、似合わないとは言わないけど、でも...っ」
 痙攣したように途切れる声で問いかけるハーレイに、必死に反論を試みる。
「これは僕の趣味じゃないですよ!」
「じゃあ誰の趣味?」
「それは...」
「どうせあの娘たちなのでしょう」
 同じクラスの、と言いかけたところへ、フェリの抑揚に乏しい声が重なった。レイフォンの手から鏡を取り返し、制服のポケットへとしまう。向けられた視線を計ったら氷点下を記録するのではないかという程に冷たい。
「ああ、なるほど。クラスメイトに弄ばれちゃったわけか」
 ミィフィたちを知るシャーニッドは腕を組み、納得したように頷く。
「罪な男だな」
「シャーニッド先輩!」
 へらりと笑っていうシャーニッドに、レイフォンが悲鳴じみた声をあげる。
「人聞きの悪いこと言わないでください!」
「ふふん、いまのお前さんが何を言っても怖さは半減だからな。髪も耳みたいなのがあってそっくりじゃないか、う・さ・ちゃん」
 レイフォンのつんと跳ねた二束の髪を軽く引っ張りつつ投げられた最後の一言で、レイフォンの中で何かがプツリと音を立てて切れた。
「――レストレーション」
 青い燐光を曳いて顕現した武器を構え、レイフォンは腰を落す。
「わっ、まてレイフォン、武器はなし、武器は!」
 慌ててシャーニッドが自分の小銃を復元して応戦する。黒鋼錬金鋼と青石錬金鋼がぶつかり合い小さな火花が生まれる脇で、ハーレイは悲鳴をあげて逃げ、フェリもさりげなく念威端子を展開して我が身を守りつつ壁際へと退避する。
 そして男二人の乱闘は、珍しく練習に遅れてきたニーナが到着するまで延々と続いたのだった。


- END -



最初はレイフォン&メイの話にしようと思っていたのに、終わってみたらなんか違う方向に...。おかしいな。まぁいいや。
レイフォン vs シャーニッドは、今回ふと思いついて「オチ」として付け加えたんですが、案外真面目にやっても面白そう。
勿論シャーニッドに勝てる要素は少ないんだけど、レイフォンは銃で戦うバーメリンを見ているはずなんで(レイフォンが「銃衝術」を知ってたのも、バーメリンの存在があるのではないかと思ったりする。あれだけ数多くの錬金鋼をじゃらじゃら持ってたら、近接戦闘用の銃な錬金鋼も絶対ありそう)、戦いのヒントとかをシャーニッドに伝えたりしないかな~とかとか・・・妄想は広がるのである。


 Comments(2)

#1: Posted by ぺぺぺー [RES]

ネットでいろいろ検索してたら流れ着きました。
レギオスいいですよね~
この小説いいと思います
内容も面白いしなんかありそうな話ですし
面白かったです
もしよければブログに遊びに来てください
レギオスのことは書いてないですけど

#2: Posted by mio@管理人 [RES]

ぺぺぺーさま、こんにちは。
レギオスは謎が多いけど、その謎にひきつけられますよね。
本編が早く進んで欲しいところです…。

blogのご紹介もありがとうございます。今度お邪魔させて頂きますね。

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