Facta non verba ~鋼殻のレギオス~

 

 A Happy New Year

 財政が潤っていると言いがたいグレンダンだが、新年の祝いくらいは盛大に行われる。
 王宮で行われたパーティーに顔を出していたリンテンスは、一人王宮の回廊を歩いていた。酔いに火照った顔をなでる風が心地よい。
 人嫌いで有名な彼だが、天剣授受者として出席を求められては、流石にさぼるわけには行かなかった。この年越しパーティーと、翌朝・・・つまり新年に行われる女王謁見式の随伴は、成人した天剣授受者は必ず参加するようにと言われていたのだ。成人した、と条件がつくのは、年越しパーティーはいわゆる酒盛りになるので、酒の飲めない未成年者は参加義務がないのである。
 ――たとえば、そこの空き部屋で寝息を立てている少年のように。
 換気の為にか開けられていた窓の隙間からは、寝椅子に横たわるレイフォンの姿がよく見えた。
(なんでこんな場所で寝ているんだ?)
 パーティーに出るようにという女王の伝言を携えてきたデルボネは、レイフォンに対しては『子供は寝て育つのも仕事ですよ。ちゃんとおうちで寝てから翌朝来なさいね』と念を押していたはずだ。
 音を立てぬように、そっと扉を開く。
 室内は暗いが、窓から入る月光で視界に不自由はない。足音を殺して近づくが、あと数歩という場所まで近づいたところで、少年はパチリと目を開けた。
「あれ、先生。おはようございます」
 片手で目を擦りつつ、半身を起こす。小さく欠伸をしてから、レイフォンは行儀よく椅子に座りなおし、リンテンスを見上げた。
「家にいたんじゃなかったのか?」
「ええ。でも夜明けまでに王宮に来ようとすると、どうしても夜中に起きなきゃいけないし、他の寝ている子に迷惑かけるんで、こっちで仮眠させてもらってたんです」
「あぁ、なるほど」
 そういえば孤児院育ちだったな、とレイフォンの境遇を思い出す。
「そういう先生こそ、パーティーに参加されていたのでは?」
「適当に飲み食いしたしな、面倒になって抜けてきた」
「・・・いいんですか?」
 面倒という単語のあたりで、レイフォンは不安げに眉を寄せる。
「大丈夫だ。出ろ、という義務は果たした」
 しれっとしてリンテンスは言い放つ。その物言いに、レイフォンはしょうがないなぁという感じで笑み返すが、眠そうに小さな欠伸が混ざる。その頭へ、リンテンスの大きな手が添えられる。
「まだ夜明けまでは時間がある。寝ていろ」
 髪をゆるくかき混ぜ、そのまま寝椅子へ押し倒すように手が動く。その動きに逆らわず、仰向けに倒れたレイフォンは、はい、と頷いて目を閉じた。その肩へ、何か柔らかなものがかかる気配がする。僅かに香る酒と煙草の匂い。指に触れる布の感触は、自分もよく知る、天剣授受者に与えられる礼服の布地だ。
 硬い靴音が扉の方へと遠ざかるのを聞きながら、うっすらと目を開ける。
「――先生」
「なんだ」
「いつもそういう服の方が、格好いいですよ」
 笑みを含んだ声に、リンテンスの足が止まる。
 白銀色の錬金鋼と合わせてか、天剣授受者の礼服は白を基調として作られている。ボタンやカフス、タイの模様などに、それぞれの有する天剣のモチーフが組み込まれている。丈長のベストに柔らかな光沢を持つシャツという組み合わせは、ボロボロの黒衣を纏う普段の姿からは想像もつかないが、背の高い彼には思った以上に似合っている。
「・・・堅苦しい服は嫌いなんだ」
 不機嫌に言い捨ててドアの向こうへリンテンスは消えた。
 入れ替わりに、淡い光を纏った蝶が窓から入ってくる。
「デルボネさん?」
「こんな場所で寝ていたんですね」
 老女の柔らかな笑みを孕んだ声が、念威端子から舞い落ちる。
「風邪を引かないようにしないと駄目ですよ? 翌朝、起こしに来てあげますから、それまでゆっくり休んでいなさいね」
「はい、ありがとうございます」
 頷いて、リンテンスが残していった上着を肩まで引き上げる。念威端子は、彼の頭近くに止まると、そのまま静止した。この端子が、時間までここで待機してくれるのだろう。
 なんだか色々甘やかされているなぁ、と口の中で呟く。
 時々落ち着かないけれど、だけど、心地よいものを感じるのも確かなのだ。
(来年は、もっと頑張れるようになろう)
 天剣授受者として頑張ることが、園の為にもなるはず。
 緩やかに眠りへと落ちていく意識の片隅で、城の大時計が新たな年の訪れを告げる音を立てるのが聞こえた。

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