Facta non verba - 鋼殻のレギオス -

 

 夜想

 誰にも会わないよう気をつけていた筈なのに、とフェリは口の中だけで呟いた。
 微妙な距離をあけた隣をニーナが歩いている。時間は深夜、日付が変わってまだ間もない頃。いつもの「訓練」で外縁部へ行った帰り道、偶然ニーナと出くわしてしまったのだ。
「しかし、どうしたんだ? まさかお前も具合が悪くなったとか」
「体調は良好です。ですが、お前もとはどういう意味ですか?」
 フェリは少しだけ視線をニーナの方へと向けた。
 練武館にいるときと似たような服の上に、油染みが所々できた上着を引っ掛けている。機関部バイトの途中なのだろうか。夜通し続くハードなアルバイトで給料もいいが不人気さもトップクラスの仕事である。やっている人数を数えたほうが圧倒的に少ないであろうに、第十七小隊には二名も従事者がいる。ちなみに武芸者でこんなバイトをしているのは、この二人だけらしいという噂だが本当なのだろうか。
 それはともかくとして、何故ニーナこそこんな場所を歩いているのだろう?
「実はバイト先で具合が悪くなってしまった子がいてな。その原因が揮発性の薬品だったらしくて、近くにいた人も検査を受けろといわれて、病院に行かされたんだ。幸い、わたしはなんともなかったんで帰ることが出来たが、二名ほど一晩入院になったよ」
「それは...災難でしたね」
「全くだ。そんなわけで、つい自分が病院など行ったものだからフェリもそうかと思ってしまったんだ」
「なるほど」
 相槌をうったフェリは、ふと視線を上げる。
 ――機関部バイトといえば、もう一人いるではないか。
 レイフォンはどうなったのだろう。戦闘中以外は、どこまでも鈍くてぼんやりしているあの男の事だ。その場にいたら、絶対に巻き込まれているに違いない。入院してる人の片方が彼だと聞いても全く不思議は感じない。
(でも、隊長に聞くのはなんだか癪にさわります)
 レイフォン本人に具合を聞くならともかく、ニーナに聞くのはなんか不本意だ。それは要するに、自分よりもニーナがレイフォンの事を詳しく知っているであろう事への嫉妬なのだが、フェリはそれに気付かない。
(隊長も隊長です。そこまで話すのなら、同じ小隊のメンバーの安否くらい、何も言わなくても教えてくれればいいのに)
 既にレイフォン入院はフェリの中で確定事項になっているらしい。責任転嫁じみた恨み節まで脳裏に浮かび上がってくる。
 いっそ念威端子を病院まで飛ばしてくれようか。どこの病院かわからなくても、ここから近い場所をから順に探せば――などと考えていたら、不意にニーナがぽん、と手を打った。
「そうだ。今日はレイフォンは休みだぞ」
「は?」
 フェリは絶句して足を止めた。
「レイフォンは今日バイトに来ていない。だから心配しなくていい」
 噛み含めるようにゆっくりと言うニーナを凝視する。
「心配もなにも...」
 内心の動揺を押し隠しながら、フェリは抑揚に乏しい声で答える。
「なんでそんな事を言うんですか? 勿論、同じ小隊の人を心配するのは当然ですが」
 フェリにあわせて足を止めたニーナは、目を細めるようにして笑うと、片手を上げた。指し示すのは、フェリの肩口。
「髪、光ってるぞ」
「!」
 慌ててフェリは両手で自分の髪を抑える。念威が漏れていた?
 何を言おうとしても内心の動揺が現れてしまうような気がして、フェリはぎゅっと自らの髪を握り締めた。
 更に無表情になったフェリに背を向けて歩き始めながら、ニーナは笑みを含む声で告げた。
「それじゃフェリ、わたしはバイトに戻る。送ってやれなくてすまないが、気をつけて帰ってくれ。――おやすみ」
「あ...はい、おやすみなさい...」
 視界の隅で髪の輝き――漏れ出ていた念威が収まって行くのを感じながら、フェリは暫く動けないままニーナの背を見送ったのだった。


   *   *   *


「まいったな」
 急いでいるのを悟られない程度の早足でフェリの元を後にする。目に付いた角を一つ曲がったところで足を緩め、小さく息をつく。
「あそこまでストレートな反応を見ると、見ているほうがドキドキするもんだな」
 そういえば以前、傭兵団との戦いになったときもそうだった。顔に傷を負ったレイフォンへ真っ先に駆け寄って行ったフェリ。その時に感じた『何か』と似たようなものが、胸の奥にひっそりと凝る。
 少しずつ降り積もって行く何かを抱えながら、ニーナは再びバイト先へ向けて歩き始めた。


- END -

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